なにもない。いくら目を凝らしてもなにも見えない。ほんとうはそこになにか大切なものがあるはずなのに?でもないものは仕方ない。持っている武器で戦わなくてはならない。貧弱な武器。こんなものが役に立つのだろうか。あの強大な敵に。なにもないほうがましかもしれない。どうせなら素手で戦った方がいい。誰と戦うんだ?敵って誰だ?思いだせない。頭がいかれてるんだ。そんなことは昔から知っている。みんなにわざわざ指摘された。おまえは頭がおかしいって。気にしなかったけど事実だったんだ。悲しくはないけど。
 ただ歩く。歩くことが目的で。道が延びている。一本道だ。急に曲がっている。右へ。左へ。それからずっとまっすぐに。月が見える。月は白く光っている。悲しそうに。それを見て歩く。風がある。あかりが見える。家のあかり。楽しそうな笑い声。でも自分とは関係ない。自分は戦わなくてはならない。敵と。敵って誰だ?武器は貧弱な木の棒。これで腹を刺してやる。相手は呻いて痛がるだろう。ざまあみろ。勝利。さびしい勝利。
 歩く。道が続いている。木の葉が揺れる。水のなかにいるみたいだ。ゆっくりと体を動かす。泡がぶくぶくと出る。溺れて死にそうだ。息が続かない。はやく上に泳いでいって空気を吸わなくては。だがなにも見えない。どちらの方向が上なのか。真っ暗。気力がなくなった。混乱している。しだいに静かに。平静を得る。なにも聞こえない。なにも見えない。だが落ち着いている。きっとなにも見えないほうがいいんだ。そのほうが恐怖をしりぞける。手をかきまわす。足を動かす。なにかの液体が体のまわりを囲んでいる。夜の液体だ。夜にやられたんだ。わたしは気絶した。