砂漠からようやく戻ってきたとき、家には鍵がかかっていなかった。いや、そればかりか、ドア自体がすっかりなくなっていた。だれか悪いやつに狙われたに違いない。最近このあたりでは盗みや人殺しが横行していると聞いていた。まさか自分のところが狙われるとは夢にも思わなかったが、砂漠へ行っている間なら、やつらも狙う可能性があるだろう。そういえば家には二ヶ月も帰っていなかった。私はしばらくそのようなことを考え、呆然とただ家の前に突っ立っていた。
どういうわけか足が動かない。家の中に入ることができないのだ。私は、ズボンのポケットから、一度かんだ後のまるくなったチューインガムを取り出して、それを口にほうり込み、もぐもぐとやりだした。もちろん味なんてなにもしなかった。それは一度かんだ後のガムなのだ。私は、いまはそうすることしかできないのをよく知っていた。どこかで、高い鳥の鳴き声がした。その後は、驚くほど静かになった。まるで音が、みずからの存在を明らかにすることを、極度に恐れているみたいだった。
私はガムを口から取り出して、昔ドアがあったあたりの、からっぽになった空間に向かって思い切り投げつけた。ガムは勢いよく飛び、家の中の空間を進み、どこかの壁に当たって床に落ち、かわいた音を立てて転がった。