私はあなたを知らない。私はあなたのことをなにも知らない。あなたもきっと私のことを知らないだろう。知りたいとも思わないだろう。私はあなたのことが知りたい。しかし知ることはできない。知るすべがないからだ。そのてかがりはない。あなたはなにかを言おうとするが、なにも言わない。私はあなたがなにかしゃべるのを待っている。しかしあなたはなにも言わない。あなたはなにも考えていない。あなたはただうつむいている。床にはなにもない。床には床があるだけだ。あなたは床を見ているようで、じつはなにも見ていない。私はそれを知っている。あなたは立ち上がる。あなたは座る。あなたは立ち上がる。私はあなたを見ている。あなたは私に椅子をすすめる。私は椅子に座る。あなたは私を見ている。あなたは椅子に座った私を見ている。私はあなたを見る。私とあなたは目が合う。私はあなたから目をそらさない。あなたも私から目をそらさない。あなたはなにを考えているのだろう。なにも考えていない。私はあなたのことを考えている。しかしなにを考えていいのか分からない。ただあなたの存在を感じている。あなたは髪の毛をさりげなく触る。あなたは視線を少し上げる。あなたは視線を少し下げる。私はそれを見ている。急にあなたの鼻を触りたいと思う。あなたはそれを知っている。あなたはただ黙っている。あなたは私が自分の鼻を触ることを知っている。あなたはただ黙っている。私はあなたの鼻に手をのばす。私はあなたの鼻に手を触れる。あなたは反応しない。私はあなたの鼻をゆっくりと撫でる。あなたは私の手を感じている。あなたは手をのばす。私の手に触れる。私とあなたは手を触れ合う。あなたはそれを見ている。私もそれを見ている。あなたは急に気絶してしまう。私は驚き、あなたを見つめる。あなたは動かない。私はあなたの体を強く揺する。あなたの目は閉じられ、口はぽっかりと開いている。あなたは息をしているようだ。かすかに音が聞こえる。あなたは気絶してしまった。私はあなたが起きるのをしばらく待っている。しかしあなたはいつまでたっても起きない。私はずっと待っている。あなたはただ静かに息をしているだけだ。私はあなたを置いていくことはできない。私は椅子に座り直す。しばらく待っている。なにかいい考えが浮かばないか考えてみる。しかしなにも浮かばない。あなたは息をしている。私はそれを聞いている。あなたはただ息だけをしている。時間だけが過ぎていく。私はただ椅子に座っている。いつまでもあなたを見ている。
あなたは夢を見ている。夢の中に私が出てくる。私はあなたの夢の中で、現実よりもひとまわり小さくなっている。なぜ現実よりも小さくなっているのかは分からない。とにかく小さくなっている。あなたは夢の中で、私とたくさんの会話をする。あなたは私とどんなことでも話す。どんなことでも話したいと思い、どんなことでも話すことができる。あなたはどんなことでも知っている。どんなことにも興味をしめす。私が立ち上がると、それをじっと見る。私が息をすると、胸のあたりや口元をじっと見る。あなたは夢の中で、現実よりひとまわり大きい。だから夢の中で、あなたと私はずいぶん体の大きさに差がある。あなたの腰のあたりに私の頭がきている。私は夢の中で、あなたの頭を撫でることは困難だ。あなたは私のことを見ている。あなたは私の手をとり、どこかへ連れていこうとする。あなたは歩きだす。あなたはどこか知らないところへ歩いていく。長い間歩く。あなたは疲れていない。歩いている間、あなたはずっと私の手を強く握っている。私の手に赤い跡が残るくらいだ。あなたはずっと歩き続ける。そして一軒の家の前で立ち止まる。あなたはドアを開けて中へ入る。玄関を抜け、階段をのぼって二階へ行く。ひとつの部屋に着いた。その部屋には机と椅子がひとつずつ置いてあり、それ以外にはなにもない。窓もない。あなたは椅子に座る。あなたは私に、机に座るように言う。私は机に座る。そうするとちょうど、あなたと私の顔の位置は同じくらいになる。あなたは私の顔をじっと見ている。目を見る。鼻を見る。口を見る。耳を見る。私はそんなに見られて、どうしていいのか分からない。あなたは私のことを、飽きることなくじっと見つめている。それからあなたは、机に腰掛けた私の足を強く掴む。あなたは私の足に興味がある。あなたは私の足を強く握り、また撫でる。また軽く叩きもする。私はそれほど痛みを感じない。むしろ喜びの感情さえ湧いている。あなたは私の足に、あらゆる方法で関係しようとする。あなたは私の足にしか興味がないのかもしれない。あなたはぐっと私の足を掴み、空中に持ち上げる。私は空中で逆さまになってしまう。あなたはそれをじっと見ている。あなたは私があわてているのをじっと見ている。あなたは小さい私の体を、ぶらぶらと揺する。私は揺すられると、着ていた服が床に落ちていってしまう。私は上着が脱げる。私はズボンが脱げる。私はシャツが脱げる。私は靴下が脱げる。私は下着が脱げる。そして私はまったくの裸になってしまう。あなたは私の服が脱げていくのを、注意深く見ている。あなたは裸になった私を机の上に下ろす。私は裸で机の上に立っている。私はあなたにすべて見られている。あなたは私をすべて見ている。あなたはまた私の足を掴む。そしてずっと離そうとしない。あなたは笑っているように見える。
少しずつなにかがどんどん壊れている。少しずつ壊れているのを見ている。壊れていくのを見るのは悪くない。壊れるままにまかせている。それからまたどんどん壊れていく。壊れることはやむことを知らない。ただほんとうに純粋に壊れている。壊れるのを見ている。私は壊れていくのを見ている。私は壊れることを待っている。なにかがいくらでも壊れ、私はそれをじっと見ている。壊れるのを見ている。
あなたはただそこにいるだろう。あなたはなにもせずにそこにいるだろう。あなたは眠っている。あなたは目を覚まさない。あなたは動かない。あなたはただ息をしているだけだ。私はそれを見ている。私はあなたを見ている。あなたが息をしているのを見ている。あなたは変化しない。あなたは寝返りもうたない。あなたはなにも考えていない。私は立ち上がる。私は部屋を出る。私は歩きだす。私は私にできることをする。私はたえずあなたのことを考えながら足を動かす。あなたは静かに寝ている。あなたは起きない。私は歩く。私は歩きながらあなたと交信する。あなたは私と交信する。