私は知っている。私は知らない。私はなにかを信じている。あなたを信じ、あなた以外のなにかを信じている。私はあなたのことを考える。あなたは美しい。あなたは汚い。あなたは大きい。あなたは小さい。あなたは愛らしい目をしている。あなたは強そうな口をしている。私は知っている。私は知らない。あなたは見事に壊れてしまった。私の手によって壊れてしまった。もう元には戻らないかもしれない。あなたは壊れてしまった。こなごなに砕けてしまった。私はあなたを知りたい。あなたは眠っている。私はあなたを見つめたい。あなたは美しい。あなたは煙。あなたは森。あなたはほつれた糸。あなたは黄金。あなたは流れ続けた。あなたは星。あなたは私のすべて。私はあなたと食事をして幸福だった。私はあなたのことをずっと見ていた。私はあなたのことを見ているしかなかった。あなたはなにかを食べた。私はあなたが食べるのを見ていた。あなたは私に見られていた。信じられない。あなたは壊れてしまった。私が壊した。私は歩く。交信する。私はあなたしか見ない。見ることはできない。あなたは夢を見ている。私はそれを知っている。あなたは私と交信する。私は裸だ。あなたは服を着ている。私はあなたの中に入りたい。私はあなたの着ている服に包まれたい。私はあなたのつける宝石になりたい。私はあなたの手。あなたの足。あなたの胸。私は歩く。交信する。あなたはなにも見ていない。私は見ている。
私はあなたと食事をしている。私はあなたを見ている。あなたは泣いているように見える。なにが悲しいのだろうか。私には分からない。想像することもできない。もしかしたら泣いていないのかもしれない。泣いているように見えただけなのかもしれない。実際、涙がこぼれているわけではない。あなたは泣いていないのかもしれない。あなたは話をしない。あなたは話をしたいとも思わない。どこかあらぬ方向を見ている。窓の外を見ている。窓の外にはなにがあるのだろう。なんにもない。ただ私のことを見たくないだけなのだ。私にはそれがよく分かる。あなたは私に感心を持っていない。ただ礼儀上、私と食事を共にしているだけだ。私は紅茶しか注文していない。紅茶は赤く透き通っている。高級な葉を使っているのだろう。香りがいい。しかし私は一口も口をつけていなかった。飲む気にはなれなかった。私はただあなたを見ていた。あなたを見ていればそれで良かった。しかしあなたは私に感心を持っていない。あなたはただ空を見つめている。あなたはただ礼儀上、食事を共にしているだけだ。私はそれでもいい。私はあなたを見ることができればそれでいい。あなたは視線を少し上げた。あなたはなにかを考えている。私はあなたのことを考えている。あなたは注文したものをきれいに食べた。皿にはもうなにも乗っていない。私はそれを見ている。私はなにか壊れる予感がしている。私はあなたといっしょにいたいと思う。壊れるのを恐れている。しかしなにが壊れるのか、それは分からない。ただ怖がっている。あなたは視線を下げた。足をちらっと見た。あなたは腕時計をしている。あなたは腕時計を外し、皿の上に乗せた。私はそれを見ていた。ウェイターもそれを見ていて、一瞬驚いた顔をしたように見えた。しかし知らないふりを装った。あなたはその腕時計をじっと見つめていた。時計の針は3時をさしていた。音はなかった。私はなにか声をかけようかと考えたが、なにをしゃべっていいのか分からなかった。あなたはなにも考えていないように見えた。あなたはなにも考えていなかった。私は紅茶を見た。やはり口をつける気にはなれなかった。あなたはなにも考えていなかった。あなたは一瞬、私の顔を見た気がした。しかし気のせいだった。私とあなたは席を立った。店を出た。腕時計はそのまま置いていった。ウェイターはなにも言わずにその皿を下げた。私とあなたはゆっくりと歩いた。あなたは少し後ろから私についてきた。私はあなたの存在を感じていた。あなたはほとんど足音をさせずに歩いた。私は部屋へ向かった。あなたは後ろからついてきた。足音はなかった。
部屋には椅子がひとつ。それしかなかった。ほかにはなにもなかった。私はあなたに椅子をすすめた。あなたはすすめられるまま、椅子に座った。あなたは椅子に座ってじっとしていた。あなたはなにも見ていなかった。あなたはなにも考えていなかった。私はあなたを見た。あなたの目を見た。あなたは目をじっと開けて、まばたきをほとんどしなかった。あなたは私に感心がない。あなたはたぶんなににも感心はない。私はそれを知っている。私はあなたの顔に触れようとする。しかし躊躇してしまう。それはしてはいけないことのような気がする。私はあなたに触れようと思うが、触れることはできない。あなたはただじっと前を見ている。なにも見ていない。あなたは足を上げる。あなたは足を下げる。上げる。下げる。上げる。下げる。あなたが足を上げ下げするたびに、椅子がきしんで音を立てる。私はそれを聞いている。私はそれを聞きながらあなたを見ている。あなたには表情というものがない。あなたは悲しんでいるように見えるが、気のせいかもしれない。あなたは椅子を立った。座った。立った。座った。あなたが椅子を立ったり座ったりするたびに、椅子がきしんで音を立てた。あなたはそれを楽しんでいるようにも見える。あなたは音をさせることに喜びを感じているのだろうか。しかし私には分からない。あなたは髪の毛に少し触れる。私はそれを見る。あなたは髪の毛に少し触れる。私はそれを見る。あなたはなにも見ていない。なにも聞いていない。私は部屋の隅へ行った。椅子は中央に置いてある。あなたは部屋の中央にいる。椅子に座っている。あなたは急に泣き出した。あなたは涙をぼろぼろこぼして泣いた。私はわけが分からなかった。私はあなたが泣くのを見ていた。あなたは泣きやまなかった。あなたはいつまでも泣いていた。私はどうすることもできずにただ泣きやむのを待っていた。あなたはいつの間にか眠っていた。疲れたのか、椅子に座りながら眠っていた。私はあなたに近寄って、あなたの顔を見た。涙の跡が残っていた。私はあなたの頬に触れた。あなたは眠り続けていた。

私はあなたが夢を見ているのを知っている。あなたは夢の中で私と話している。私はその光景が手にとるように分かる。あなたは私と話しながら、終始私の手を握っている。私の目を見つめている。あなたは私とより親密になりたいと考えている。あなたは私と関係を深めるために、どんな手段でもとるだろう。どんな卑怯な手段でもとるだろう。私にはあなたの心が分かる。あなたは私のことを知りたいと考えている。あなたは私に触れようとする。しかし私は触れさせない。触れようとするとひらりとかわして逃げる。あなたは私に触れることはできない。私はそれを知っている。私はそれを望んでいる。あなたはなにか道具を使って私を追い詰めようとする。どんな道具でも使う。ありとあらゆる道具。しかしそれらはすべて失敗に終わるだろう。私はそれを知っている。あなたは私に触れることはできない。あなたは苛立つだろう。あなたは苛立つたびに体がひとまわり大きくなっていく。そうすると、あなたと私の体の大きさの差が広がり、ますます私はあなたから逃げやすくなる。あなたが私を追いかける。しかしそれはネズミを追いかけるようなものだ。私は物影に隠れて、出てこようとしない。あなたは必死に探すだろう。私はあなたが探しているのをかいくぐって、また別のところに隠れてしまう。こうやっていつまでたってもあなたは私に触れることはできない。そうするとますますあなたは苛立ち、ますます大きくなってしまう。いまやあなたから見れば、私は米粒よりも小さくなってしまった。あなたはもう私を見つけることはできない。あなたは私を失ってしまった。あなたは呆然と空を見つめている。そうするしかない。

予感がしている。私は予感がしている。なにか大きいものへの予感。明るいもの、暗いもの、明るさや暗さを超えたもの。なにかが動く予感。私は予感している。私は壊れるだろう。または私はそれを期待している。私は私やいろんなものがこっぱ微塵に壊れることを待ち望んでいる。もう戻れなくなることを望んでいる。それがまったくいまと違う場所へ連れて行ってくれることを待ち望んでいる。私は見る。私は見つめている。暗いものや明るいもの。それ以外のすべて。私は信じている。私は信じていない。私はできる。私はできない。私は待っている。私は待っていない。あなたはいつか来るだろう。あなたは私のところへ来る。そして壊れるだろう。私はそれを期待している。待ち望んでいる。なにか大きなものが壊れる予感。なにか大きなものが終わる予感。私は喜んでいる。あなたが来るのを。あなたはまだ知らないだろう。あなたは考えることができない。あなたは見ることができない。あなたは憂鬱に支配されている。あなたは病におかされている。しかしそれは私も同じこと。また、私とあなたは共犯者だ。あなたはなにも知らないと言うだろう。実際になにも知らないと言うことができる。しかし違うのだ。まったく違うのだ。あなたは知らない。あなたは知っている。あなたはなにかを見ている。見ていない。あなたは罪をおかした。おかしていない。あなたは壊れるだろう。あなたはこっぱ微塵に壊れて、もう元には戻らないだろう。しかしあなたはそれを待っているのだ。あなたはそれを知っている。あなた自身が壊れること。壊そうとするのは私。壊そうとするのはあなた。壊そうとするのは私とあなた。予感がする。もう戻れない。あなたはそれを知っている。私はそれを知っている。

私は歩いている。私はあなたと交信するために歩く。あなたは眠っているのか。あなたは眠っていないのか。私は知っている。私はあなたと交信するために、あなたを眠らせたのだ。私は歩く。私はどこまでも歩く。交信する。あなたは眠る。あなたは食べることができない。眠っているからだ。あなたは食事をした。あなたは私を見ていなかった。私はあなたを見ていた。私はもう、あなたからずいぶん離れてしまった。しかしいま、前よりももっとあなたと結び付いていることを、私は知っている。あなたは知らない。私はあなたの一部なのだ。私はあなたを支配している。私はあなたを壊した。しかしそれは私が待ち望んだことだ。私はあなたを知らない。知っている。あなたはなにも考えていない。考えることはできない。あなたは眠りながら壊れ続けている。私はそれを待っている。あなたが壊れ続け、もう戻れなくなることを。あなたは壊れる。あなたは戻れない。あなたは限界になるだろう。あなたは沈んでいく。あなたは沈んでいくだろう。あなたは私を待っていない。あなたはいつもひとりだ。あなたはなにも考えていない。あなたは自分がどうなろうとなにもかまわないだろう。あなたは信じていない。あなたはなにも待っていない。あなたはただそこにいるだけだ。あなたは美しい。あなたは壊れた。あなたはあなたを知らない。知りたいとも思わない。私は歩く。歩くしかない。あなたと交信するために。あなたはただひとり部屋で眠り続けている。あなたは美しい。美しくない。

私は歩いている。私はひとりで歩いている。私はただ歩く。私は歩く。歩いている。どこを歩いているのか知らない。いつ歩いているのか知らない。私は歩く。私は見ない。感じない。私はただ歩く。少しずつ壊れていく。壊れる予感がしている。あなたが壊れるのを見ている。あなたは壊れる。私が壊してしまった。私は歩きながらあなたが壊れるのを見ている。
フォークがある。私はフォークを拾った。歩いていくと皿があった。なにも乗っていない皿。私は皿を拾った。私はフォークと皿を持って歩いた。私はフォークと皿を見ながら歩いた。私はフォークと皿以外はなにも見ずに歩いた。私は歩いた。私は歩いている。私は持っている皿を見た。私は歩いている。私は持っているフォークを見た。私はフォークで皿を打った。かちんと音がした。私はもう一度フォークで皿を打った。かちんと音がした。私はかちんと音をさせながら歩いた。私はフォークと皿でかちんと音を立てながら歩いた。私は歩いた。