芸術とは現実を破壊し、それを一次的な諸要素に解体し、それらによって新しい、変型の世界を再構成することができるのだし、またそうすべきだ−そしてこの自由意志はひとつの法則−「意味」の均衡にふれること、それが意味を所有することだ!−をむきだしにする。われわれの外面的な意味を破壊することによって、狂気は、内面の意味、われわれ自体のなかへとわれわれを入りこませる。(ヴィトルド・ゴンブロヴィッチ「日記」)

自分の芸術観みたいなものは、ゴンブロヴィッチの小説に決定されたところがある。また、考えてみれば、アール・ブリュットの人たちがしているのも、そういうことではないのかな、と思える。コラージュという、パーツを組合せる方法は、その方法自体が、現実を破壊し、変型の世界を再構成するのにぴったりな方法じゃないのか。また、ゴンブロヴィッチが書いているけれど、夢というのはまさにそれ。

夢は的確に生活された日中の現実を破壊し、そこから奇妙な断片をいくつも抜きだし、かって気ままな、突拍子もないひとつの手本にのっとってそれらを再構成する−そうだ、われわれにとって、まさしくこの無意味こそが、もっとも深い意味なのだ。(ヴィトルド・ゴンブロヴィッチ「日記」)
重要なのは、まったくの空想ごとをつくるのではなく、(自分たちにとって親しい)現実をもとにして、それを壊し再構成することじゃないだろうか。少なくとも、自分が好きなのはそういう作品だと思う。