ダンス(とくにコンテンポラリーダンス)に興味が出てきて、今日、吉祥寺シアターであった、ダンスカンパニーノマド〜sという舞踏集団(?)の「顔と歴史−小さなひとつの夜−」というのを、料金が安いという理由で、観た。ダンスは完全に素人で、いままでまったく観てこなかったのだけれど、この作品がそんなに良くないというのは分かった。なんだか、必然性のないもののよせ集めで、全体に統一感が欠ける気がした。それでも、ダンスそのものに宿る、からだを使った表現のおもしろさには触れた気がする。観ながら、とぎれとぎれに考えごとをした。人間のからだについて。照明や衣装について。時間性のある表現について。舞台表現の非現実性について。ダンサーの人数について。観客の位置によって見え方が変わってしまうことについて。ダンサーの性別や年齢、背の高さ、容姿について。人間のからだとからだの、関係の持たせ方について。ダンスにおける表現力について。からだを見せること、見せられることについて。その他いろいろ。
自分の絵は、舞台性があると言われたことがあって、ダンスなどを観ると、そうかもしれないと思う。とくに、絵に人間のおもしろい恰好を使うときなどは、そのままダンスじゃないか、ダンスでやろうとしているのと同じじゃないかと思う。
どのジャンルでもそうだけど、ほんとうに良いものに触れないと、そのジャンルの凄さが分からないと思うから、自分でも名前を知っている人…たとえばウィリアム・フォーサイスとかピナ・バウシュ(名前合ってるかな)のダンスを、一度くらい観てみたいと思うのだけれど、難しいかな。とにかく、(フォーサイスみたいに)大きい名前じゃなくても、機会があったらダンスは観ていきたい。