いま住んでいるところに引っ越してきてあと少しで6年になるというタイミングで、引っ越すことになった。それで、そこにいたるまでの流れや、いま住んでいる家のことなどを、整理する意味も込めて、読む人にとっておもしろいかどうかは分からないけれど、書いておきたいと思う。
東京へ来てはじめの2年は、吉祥寺の井の頭公園のすぐ近くの小さい部屋に住んでいたが、更新する時期に別の場所に住みたいと考え、探してきたのがいまの家だ。
家、と書いたのは文字通り家で、アパートとかマンションではなく、一軒家。ただし、ひとつの家を左右に分け、片方はべつの一家が住んでいた。木造の、相当に古い家で、(自分の一番気にしている)音に関してはかなりひどい物件だった。だけど自分のせっかちな性格によって、はじめに不動産屋と家を見に来たときに、さっさとここに住むと決めてしまった(ちなみに、井の頭公園近くの部屋も、ひとつ目でさっさと決めてしまった)。
間取りは3Kで、二階建て、大家さんの家の敷地内(庭)にある家だった。一階が和室とキッチン、二階が和室と洋室(フローリング)、風呂とトイレは別だったが、どちらも年代物だった(トイレははじめ和式だったが、途中で壊れ、洋式になった)。一番良かったのは収納が多く、作品やなにかをしまうのに丁度良かった。また物入れとして使うほかに、段ボールや紙袋をこれでもかというほど詰め込んでいた。それは音の対策のためで、とりあえずなにか重いものを、ぎゅうぎゅうに詰めていれば音がましになると考えたからだ。そのほか、2リットルのペットボトルに水を詰め込んだものも収納部分に大量に入れたりしていた(防音に効果があったかは分からないが、とにかく安価で重いものと考え、水がよいと考えた)。
音の問題で、隣人一家がリビングにしているらしい部屋のとなりにあたる一階の和室は、ほとんど生活の場所として使う事はなく、物置や、ポスターなど貼る場所、また風呂場や洗面所を利用するときに通る道になっていた。生活の場所としては使わないので、洗濯機も置いていた。
ということで生活をする場所はほとんど二階に限られていたが、もちろん二階も音がしないということはなかった。ただし、少しはましだと思えるほどに一階がひどかった。
あと不便なのは、一階にキッチンがあるので、料理などしても、二階まで運ばなくてはいけないことだった。
二階のふたつの部屋は、食事などするリビング的な部屋(洋室)と、寝る部屋(和室)として使っていた。しかし、古い家で壁の色なども気に食わなかったため、二階部分の壁、また天井には、白い布などを貼りまくり、元の壁の色が見えないようにしていた。また、この布のおかげで音の面でもほんの少しだが、ましになったと思われる(というより、防音を期待して、布を貼ったという面もある)。
寝室にしているほうの部屋は、また同時に絵を描く場所にもしていた時期があったので、絵の具が付いたりするのを防ぐために、床の畳部分にはすべて防水加工した(といってもゴミ袋を敷いただけ)後、さらに白い布を貼っていた。ただし乱暴に両面テープで貼りつけたり、長いピンのようなもので刺していたので、退去時どうなるかと心配していた。絵の具を防ぐ処理はしたものの、結局は畳すべて替えるような判断がされてしまうのではないかと恐れた…
次に隣人の謎についてふれておく。あまり書きたくないといえば書きたくないが、この家について書くならふれないのもおかしいと思うので、ふれる。
大家さんの説明としては、三人家族で、母親と息子ふたりが暮らしているということだった。じっさいに自分が住んで生活していても、三人の声は聞こえるし、三人家族だと了解される。ただし、母親と息子ひとりの姿は目にするが、もうひとりの息子は見たことがない。もう3、40年この家に住んでいるということだけど、大家さんでさえ見たことがないらしい。このことは、自分の中のなにかが働いて、あまり考えないようにしてきた。だから、この話はこれ以上しない。むしろ知らないままにしておきたい。
だが、もうひとりの息子も、よく分からない。少なくとも働いている様子はない。毎朝、毎夜、決まって二度、家の前を掃除しているし、夜になると窓を開け、外に向かってなにかビニール袋的なものをバサバサとしている音が聞こえる。そして、深夜から朝にかけて、声が聞こえる。おそらく誰かと電話しているのではなく、なにか文章を読んでいるか、芝居の練習でもしているような調子だ。だがその詳しい文の内容までは聞き取れない。
それから、夜以外も、よく奇妙な笑い声や、だれに向かって言っているのか分からない罵りの言葉を出していて、不快だった。これらの声が、息子ふたりのうちどちらがしているのかは分からない。これも、あまり考えないようにしていた。
母親は、ふつうの人といったらどうかと思うけど、息子ふたりのよく分からなさに比べると、ふつうの明るい人だと思う。ただし声はかなり大きかった。よく、この親子の会話が聞こえたが、それは会話なのか喧嘩しているのか判断できなかった。息子はだいたい怒るような調子で言葉を出した。穏やかにしゃべるのをあまり聞いたことがない。しかしこれももちろん、どちらの息子なのかよく分からなかった。
6月はじめにこの一家が引っ越したのだが(そのときの嬉しさと解放感は忘れられない)、それは、この家自体を取り壊すことになったからだ。大家さんが土地を売ることにしたという。
土地を売る理由は、直接的にはお金がなくなったということらしいが、その間接的な理由としては去年3月の地震があると推測している。大家さんはもう96か7の年齢で、相当な高齢だけど、老人ホームに入ることもなく、お手伝いさんにときどき来てもらいながら、ひとり暮らしをしていた。毎月、家賃を渡しに行くと話をするくらいだったが、たまに家に入れてもらったり、自分が絵を描いていることを言うと、なにか名画が印刷されたカレンダーをくれたりした。飼っているメダカや、庭に植えられた変わった植物や花について話すこともあった。
なぜ大家さんが土地を売ることにしたのと地震が関係していると思ったのかというと、(声の大きい隣人の母親がいうには)大家さんが電力会社の会長と結婚していたという話があるからだ。大家さんが結婚していた旦那さんはもうかなり前に亡くなってしまったらしいけど、おそらくそういう身分なので、けっこう大きい家にひとり暮らしができたのだと思う。それで地震、そして電力会社の事故があり、そのことで、なにか事情が変わってしまったのだと思う。でも、このへんのことも直接聞いたわけはなく(そんなこと聞けないけど)、推測にすぎない。ただ、地震のあと、そして土地を売ると決めたあと、「この年になってもこんなことあるんだね」「生きてたらいろいろあるね」的なことをときどき口にしていた。
その大家さんだが、土地を売るという話になって少ししてから、庭で転んで足を怪我してしまい、しばらく病院で入院していた。もともと足が悪く、自分の家の敷地以外はほとんど歩いていなかったが、それ以上にもう歩けなくなり、いまは老人ホームで暮らしている。土地を売るときに、自分たち2世帯が住んでいる家の土地だけでなく、大家さんが住んでいる土地も売ってほしいという話になったというが、これを頑なに拒否したらしい。だが、せっかくそういう決断をし、たぶん死ぬときはこの家でと考えていたはずなのに、もうその家に住めなくなった。それを思うと悲しいし、また不思議な話だなと思ったりもする。
土地を売るというという決断が、なにかしら足の怪我につながった(土地の神さまみたいなものの意志が働いて…?)と考えるのは馬鹿げているかもしれないが、しかしそういう考えが頭をよぎったことは事実だ(もちろん、科学的思考の持ち主ならば、そんなことは否定するだろうし、自分も、そうだと言っているわけではない)。
病院へはお見舞いに行ったが、老人ホームにはまだ行っていない。引っ越した後にでも一度会いたいと思う。元気にしているだろうか。
6年という年月は考えてみればちょうど小学生として過ごす時間と同じだが、というと少しありきたりな例えだが、でもたしかにそうだ。だけど、やはり短く感じる。時期的には、自分がひとつぼ展でグランプリをとるかとらないかというタイミングで、とってからこの家に来たか、とる前だったか覚えていないが、しかし一年後のガーディアン・ガーデンの個展に向けて、エアコンもない暑い部屋で試行錯誤しながら絵をつくっていたのを思い出す(いまはエアコンはある)。
はっきりいってものすごく古い家で、つらい、嫌な、いらいらすることも多かった。そのほとんどの部分は隣人からの音に関係している。あまり思い出したくないかもしれない。でも、それは自分がこの家に住むと決めたせいだし、隣人一家のせいではない。自分のせっかちさのせいだ。もう時間は戻らない。それに、少なくとも大家さんはいい人で、優しかった。隣人一家も、べつに嫌がらせでいろいろな音を出していたわけではないだろう。
しかし思うのは、たぶん特殊な住まいだったんだろうなということだ。良いとか悪いとかではなく。
今回の文章を書くかどうかは迷ったし、もしかしたら書くべきじゃないかもしれないとも思った。しかし、書いておきたい、という気持ちもずっとあった。そのふたつ(書いた方がいい、書かない方がいい)が両方あったが、結局書くことにした。とにかく6年間すごした。それはひとつ、少なくとも自分にとってはけっこう大きな経験といえる。
ほかにもたぶん書くべきこと、住んでいて起こったこと、家にまつわること、隣人にまつわることは、いくらでも出てくると思うが、書くべきだと考えていたいくつかのポイントは押さえたと思う。もっと詳しく書くべき箇所もあるかもしれないけれど、とりあえず自分への宿題は果たした気がする。自分がもし私小説を書く作家だったら、この家にまつわる話でいくつか小説が書けたかもしれない。
そういえば、かなり前に、自分の家の庭から出てくるハクビシンを見た。それっきり見ていなかったが、昨日の夜、外へ出たときにひさしぶりに見た。道路を渡り、向かいの家の塀をのぼり、暗闇の中に消えた。
この家に住みはじめた当初、天井の上から、なにか動物がいるらしく、ごそごそという音が聞こえたものだった。はじめはネズミかと思っていたが、一度ハクビシンを見た後は、ハクビシンだと思うようになった。