見えない猫。透明な猫が、家のなかを歩きまわっている。ゆっくりと。わたしは、その姿を見ることはできないが。でも、分かる。猫はいる。床に落ちた紙切れを踏んで、かさかさと音を立てるから。
いま、ドアの前にいて、わたしがドアを開けてくれるのを待っている。わたしは、ドアを開けてやる。見えない猫は、外へ出た。猫は喜んで鳴いた。けれど、見えない猫の鳴き声は聞こえない鳴き声なので、わたしの耳には届かない。でも、わたしには分かるのだ。わたしには全部分かる。
見えない猫。透明な猫が、外で楽しく遊んでいる。それは幸福なことなのだ。わたしは猫の姿を見たいとは思わない。猫の声を聞きたいとは思わない。いつまでも幸福に。
猫が遊びつかれて帰って来ると、わたしはドアを開けてやる。見えない猫は家に入って、お気に入りのソファの上でまるくなる。わたしは、見えない猫の背中のあたりを、軽くなぜてやる。